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「One Big Beautiful Bill Act」個人の納税者が知るべき4つのポイントを米国公認会計士・税理士がわかりやすく解説

2025.08.04
09. 海外各国の税制
ITRI編集部

当サイトの全ての記事は日米BIG4出身の公認会計士・税理士で構成される国際税務の専門家チームが監修しています。

2025年7月4日、米国において新たな税制の枠組みを定める重要法案「One Big Beautiful Bill Act」(以下、OBBBA)が正式に成立しました。この法律は米国の個人所得税制に大きな影響を与えるものであり、米国で納税義務を負うすべての方がその内容を正確に理解しておく必要があります。

OBBBAの目的は大きく二つに分けられます。第一に、2017年に成立した「減税及び雇用法(Tax Cuts and Jobs Act、以下、TCJA)」の個人所得税に関する主要な減税措置が2025年末に失効することによる大規模な増税を回避し、恒久化することです 。そして第二に、労働者や高齢者層を対象とした新たな時限的な税制優遇措置を導入することが挙げられます。この結果、米国の税制は、恒久的な制度的安定性と特定の納税者層に向けた短期的な優遇措置が共存する、新たなハイブリッド型の構造へと移行しました。この二重の性質を理解することが、今後のタックスプランニングにおいて極めて重要となります

本記事では、国際税務を専門とする米国公認会計士の視点から、このOBBBAが個人の所得税に与える具体的な影響を4つの重要項目に分け、わかりやすく解説していきます

1. TCJA恒久化:2026年に予定されていた大規模増税の回避

OBBBAにおける最重要ポイントは、2017年のTCJAによって導入された個人向け減税措置の多くを恒久化した点にあります。もしこの法律が成立していなければ、TCJAの多くの条項は2025年12月31日をもって失効し、2026年からは税率が引き上げられ、多くの納税者にとって実質的な大増税となる”タックス・クリフ”が発生するところでした

個人所得税率の恒久化

TCJAで設定された7段階の所得税率(最高税率37%)が、OBBBAによって恒久的な制度となりました。これにより、納税者は長期的な視点での所得計画やタックスプランニングが可能になります。2025年以降も維持される所得税率は以下の通りです。

2025年 所得税率ブラケット (OBBBAによる恒久化)

税率 独身 (Single) 夫婦合算申告 (Married Filing Jointly) 世帯主 (Head of Household)
10% $0 ~ $11,925 $0 ~ $23,850 $0 ~ $17,000
12% $11,926 ~ $48,475 $23,851 ~ $96,950 $17,001 ~ $64,850
22% $48,476 ~ $103,350 $96,951 ~ $206,700 $64,851 ~ $103,350
24% $103,351 ~ $197,300 $206,701 ~ $394,600 $103,351 ~ $197,300
32% $197,301 ~ $250,525 $394,601 ~ $501,050 $197,301 ~ $250,500
35% $250,526 ~ $626,350 $501,051 ~ $751,600 $250,501 ~ $626,350
37% $626,351 以上 $751,601 以上 $626,351 以上

基礎控除(Standard Deduction)の大幅増額と恒久化

TCJAによってほぼ倍増された基礎控除額も恒久化され、さらにインフレ調整が加えられました。2025年の基礎控除額は、独身申告者(Single)で$31,500、世帯主申告(Head of Household)で$23,625となります。この高い基礎控除額が維持されることで、多くの納税者は引き続き、煩雑な項目別控除を選択する必要なく、簡素な申告手続きの恩恵を受けることができます。

2. 4つの新しい時限的所得控除(2025年~2028年)

OBBBAは、TCJAの恒久化に加え、2025年から2028年までの4年間限定で4つの新しい所得控除を導入しました 。これらの控除の最大の特徴は、項目別控除を選択しない納税者でも利用できる「Above-the-line Deduction」として設計されている点です。これは、TCJAによって多くの納税者が基礎控除を利用するようになった現状を反映したものであり、幅広い層に減税効果が及ぶように意図されています。

新設された時限的控除の概要(2025年~2028年)

控除の種類 最大控除額 (年間) 控除制限の開始額 主な適用要件
チップ収入 $25,000 独身: $150,000
/ 夫婦合算: $300,000
IRSが指定する職業で得た適格なチップ収入
時間外労働 独身: $12,500 / 夫婦合算: $25,000 独身: $150,000
/ 夫婦合算: $300,000
FLSAに基づく時間外労働の割増賃金部分
自動車
ローン金利
$10,000 独身: $100,000
/ 夫婦合算: $200,000
米国最終組立の新車購入ローン金利
高齢者向け追加控除 1人あたり$6,000 独身: $75,000
/ 夫婦合算: $150,000
65歳以上の納税者

チップ収入に対する控除(”No Tax on Tips”)

2025年から2028年までの期間限定で、適格なチップ収入に対して年間最大$25,000の所得控除が認められます。「適格なチップ」とは、顧客から任意で支払われる現金またはクレジットカードによるチップを指します。この控除を受けるためには、そのチップ収入がForm W-2やForm 1099などの公的な書類で報告されている必要があります。

ただし、この控除は修正調整後総所得(Modified Adjusted Gross Income、以下、MAGI)が独身で$300,000を超えると段階的に減額されます。また、IRSは2025年10月2日までに、この控除の対象となる「慣習的にチップを受け取る職業」のリストを公表する予定です。

時間外労働(残業代)に対する控除(”No Tax on Overtime”)

同様に4年間の時限措置として、時間外労働に対する控除が新設されました。控除の対象となるのは、連邦労働基準法(Fair Labor Standards Act、以下、FLSA)で定められた時間外労働に対する「割増賃金部分」のみです。例えば、「1.5倍」の残業代のうち、通常の時給を超える「0.5倍」の部分が控除対象となります。

控除上限額は年間で独身申告者が$25,000です。所得制限はチップ収入控除と同様、MAGIベースで独身で$300,000を超えると減額されます。

自動車ローン金利に対する控除(”No Tax on Car Loan Interest”)

個人使用目的で購入した「新車」のローン金利について、年間最大$10,000まで所得控除が可能になります。この控除には、以下4点を含むいくつかの重要な条件があります。

  • 対象となるローンは2024年12月31日以降に組成されたものに限られます。
  • 対象車両は中古車ではなく、納税者が最初の使用者である新車でなければなりません
  • 個人用車両(ビジネスまたは商業用ではない)である必要があります。
  • 最も重要な点として、車両の「最終組立地」が米国内である必要があります

所得制限については、MAGIが独身で$200,000を超えると控除額が減額されます。

高齢者向け追加控除(Deduction for Seniors)

65歳以上の納税者を対象に、一人あたり$12,000)。この控除は既存の高齢者向け追加標準控除に上乗せして控除することが可能です。所得制限については、本章で取り上げた控除項目の中では最も厳しく、MAGIが独身で$150,000を超えると控除額が減額され始めます。


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3. 州・地方税(SALT)控除上限額の一時的な引き上げ

政治的にも注目度が高かった州・地方税(State and Local Tax、以下、SALT)控除の上限額が、現行の$られました 。この新しい上限額は2025年税務年度から適用され、2026年から2029年までは毎年1%ずつ引き上げられます。

ただし、この緩和措置には二つの重要な留保条件があります。第一に、MAGIが$500,000を超える納税者については、上限額が段階的に引き下げられます。第二に、この$40,000への引き上げは時限措置であり、2030年には再び$10,000の上限に戻る点に注が必要です。従い、不動産購入等の大きな出費を検討している場合には、そうした大型の出費をSALTが引き上げられる期間内に行うことで、より多くの税務上の便益を受けることが可能と考えられます

4. 遺産税・贈与税の基礎控除額の大幅な引き上げ

富裕層の資産承継計画に大きな影響を与える変更として、遺産税および贈与税の生涯基礎控除額が恒久的に引き上げられました。2026年1月1日以降、この控除額は一人あたり$30,000,000)となり、以降はインフレに応じて調整されます。これにより、高額な資産を持つ個人やファミリーは、より長期的な視点で安定した資産移転計画を立てることが可能になりました。

個人納税者への実務上の影響と注意点

OBBBAは多くの納税者に減税の恩恵をもたらす一方で、特に新しい控除を利用する納税者にとっては、確定申告の準備がより複雑になる可能性があります。税制の簡素化という大きな流れとは裏腹に、コンプライアンスと記録保持の重要性が増している点に注意が必要です。

新しい控除のための記録保持義務

新設された控除を申告するためには、その根拠となる適切な記録を保管することが義務付けられます

  • チップ収入控除: 日々のチップ収入の記録保持が不可欠です。また、雇用主から受け取るサービス料と顧客から直接受け取る適格なチップを明確に区別する必要があります 。
  • 時間外労働控除: 給与明細上で、FLSAに基づく割増賃金部分が明確に区分されているかを確認し、保管する必要があります。通常の給与明細ではこの区分が不明瞭な場合もあるため、必要に応じて雇用主へ確認しましょう。
  • 自動車ローン金利控除: ローン契約書、毎月の支払利息額が記載された金融機関からの明細書、そして車両の最終組立地を証明する書類を保管する必要があります。

これらの記録保持義務は、納税者が自らの控除額を正確に計算し、IRSからの問い合わせに対してその正当性を証明するために不可欠です。

雇用主側の給与計算・報告義務の変更

納税者個人だけでなく、雇用主側にも新たな報告義務が課せられます。雇用主は、従業員のForm W-2において、適格なチップ収入とFLSAに基づく時間外労働の割増賃金をそれぞれ他の給与所得とは別に記載することが求められます。米国で雇用されている方は、2025年分の確定申告の際にご自身のForm W-2にこれらの項目が正しく記載されているかを確認することが重要です。

確定申告(Form 1040)への影響

これらの新しい控除を反映させるため、IRSは今後、確定申告書であるForm 1040や関連するSchedule(明細)、手引きを改訂することが予想されます。特に新設された4つの控除を申請する納税者は、申告手続きが従来よりも複雑になることを念頭に置き、早期に準備を進めることが賢明です。


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まとめ

以上、「One Big Beautiful Bill Act」について、個人の納税者が最低限抑さえておくべき4つの重要論点を解説しました。米国で納税義務のある個人はこれらの変更点を踏まえ、自身の状況に合わせた戦略的なタックスプランニングを行うことが求められます。OBBBAによって導入された新しい税制は複雑であり、個々の状況によってその影響は大きく異なります。正確な税務申告と適切な節税対策のためには、これらの変更内容を丁寧に理解し、信頼できる会計士や税務専門家に相談することをお勧めします。

本稿は2025年7月4日に成立したPublic Law 119-21および関連するIRSの公表情報に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものです。本記事は個別の税務アドバイスを意図したものではなく、具体的な税務申告やプランニングにあたっては、必ず専門家にご相談ください。

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ワシントン州 米国公認会計士

日系企業の海外展開における国際税務のエキスパート。国際税務プランニングおよび移転価格税制対応を得意とし、海外ビジネスに必要な会計・税務ソリューションの提供だけではなく海外子会社の業務改善や現地スタッフとのコミュニケーション支援も行っています。アメリカ大手会計事務所BIG4の国際税務部門出身。ワシントン州米国公認会計士。


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